研究所


ENGINEERS誌1999年12月号

「21世紀の製品安全とPLPを考える」シリーズ

安全とモラル


 このところ鉄道や高速道路における構造物の事故が相次いでいるが、これら事故の背後に潜むモラルについて考えてみたい。

 首都高速道3号線で7月に起きた案内標識のポールが折れて落下した事故は、その後の調査でポールの厚さが規定値に満たない欠陥品だったことが判明した。欠陥品が設置された原因は、製造メーカーの設計図に記載されていたポールの厚みの指示の読み違えで、本来適用すべき数値がカッコで示されていたためミスが発生したものである。このケースでは設計図を製造部門で流用することに根本的な問題があり、材料の調達・選定から製造・加工、表面処理、検査などの各工程で当該ロット専用の図面や指示書が望まれる。しかし中小企業ではコピーした設計図を複数部門で使うことも多く、取引先(下請負業者)の品質評価には注意が必要であろう。

 ところで公団が行った緊急点検では41本中5本のポールにひびが発見され、定期的な点検が適切ではなかったようである。しかもポール設置直後の品質チェックを行わなかったことも判明し、顧客である道路利用者に対する安全ポリシーが問われている。おそらく公団では「定めた仕様通りのポールが製造・設置されれば、一定期間の安全性は確保できる」と考えているのではないだろうか。この「適切に行ったはずだ」という論理(推測)を展開する人、企業・団体、行政・官僚は多く見られるが、検証することを放棄した論理であるといえよう。そこには(担当者)個人レベルの、程度の低い責任逃れが存在するが、これは「楽な方へ」となびく人間の経済行動の結果でもあろう。また個人のモラルは職場環境、企業体質に大きく依存していることが多く、モラルマネージメントの必要性を感じる。公団では今年4月に、首都高速道路排水溝の鉄フタが走行中の自動車を直撃した事故でドライバーを死亡させているが、同様の事故が過去10年間に20件も発生していたことが明らかになっている。安全対策や適切な保守・点検による予防措置が求められる高速道路において、なんら対策もせずに死亡事故を招いた公団の責任は重いものである。公団では事故後、「排水溝があるのは本来走行してはならない白線の外。安全運行を心がけてほしい」と呼びかけたが、物理的に走行できる排水溝のフタ部分の安全性をどう確保するかが問題であろう。責任を逃れるようなコメントからは公団の安全軽視の体質が見えてくる。

 今年6月、山陽新幹線福岡トンネルで走行中のひかりにコンクリート塊が落下した事故は、コールドジョイント(CJ)とその下部の接合が弱い面(弱面)が原因であった。JRではCJの応急的な補修点検を済ませ8月に安全宣言を出したが、10月には北九州トンネルで再びコンクリート崩落事故が発生してしまった。この事故原因はCJではなくトンネル側壁の突起部の割れ目だったが、事前にこの部分の欠陥は発見されていたのである。ひび割れが見つかったのは7月に行われた2年に一度の定期検査で、作業員が目視検査で「Cランク」(軽微な変状)と判定、打音検査を行わずに済ませてしまっていた。崩落したコンクリートの状態から「浮きが落下する前からあった」と見られているので、明らかな判断ミスである。これを単純に検査基準や作業者のレベルの問題として片付けることは簡単であるが、作業環境やJR西日本の体質について考えてみたい。山陽新幹線は阪神大震災後、施工業者による橋脚部の手抜き工事の実体が明らかになり、それに加えて当時の国鉄の納期優先体質が高架橋などのコンクリ構造物の品質を著しく劣化させたという新聞記事も多い。また現在のJR西日本の利益優先の姿勢も新聞紙上でたびたび目にするところである。今年5月に小林一輔教授(千葉工業大学)が著した「コンクリートが危ない」(岩波新書)にも詳細が報告されている。また、JR西日本の事故後の対応から安全軽視や管理の問題がしばしば指摘されている。

 このような背景から北九州トンネル事故を考えるとき、ひび割れを発見した作業員が目視と打音の両検査を行うのであれば、打音検査の手間はそれほどではないと考える。ではなぜ打音検査を行わなかったか、意図的に打音検査を行わない「Cランク」にするようなことはなかったのだろうか。7月のCJ緊急点検ではリフトつき専用車両で複数の作業員が検査を行っていたが、2年に一度の定期検査ではどうだったのだろうか。CJという特定の不良個所を調べる点検とは異なり、おそらくトンネル全体を検査するために作業員が徒歩で目視検査を行い、打音の必要な個所ではその都度リフトを持ち上げ他の作業員が検査する手順であろう。また、目視検査を行う作業員に必ずリフトつき専用車両が追従するとは限らず、複数個所の検査を同時に行う場合には専用車両を後で出動させることもあり得る。このように考えると目視検査の作業員にとっては何らかの“面倒なこと”が存在し、その背景に限られた時間内の検査環境や「他の作業員、全体の作業に負担をかけたくない」というプレッシャーがあったと考えられる。これは「打音検査はなるべく行わない」という暗黙のルールができやすい環境であるといえよう。どこの保全部門でも「厳格な検査が新幹線を利用する乗客の生命を守っている」という安全ポリシーがあると思うが、末端の作業員まで浸透していない可能性がある。安全ポリシーを再度掲げて全社に浸透しているかを検証するなど、同社における今後の最重要課題はモラルの向上であると考える。

 企業における安全問題を論じるとき、安全ポリシーやマネージメントシステムを構築し、安全設計基準、マニュアルや検証方法を定めても、全ての事態に対し最良の対処ができるかどうかは最終的には当事者それぞれのモラルで決まってしまう。時代をリードしてきた企業の不祥事が続き企業トップのモラルが問われている現在、モラルが安全やリスクマネージメントに大きく影響し、経営問題に発展することを認識しなければならない。また企業トップの安全ポリシーやモラルは、全社員、関係企業・業界にまで影響するが表面には通常出てこない。したがってリスクマネージメントではモラルを潜在リスクとしてとらえ、徹底した顧客志向に基づくモラルマネジメントを導入し、常にそのレベルを把握・検証、そして維持する努力が求められる。

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