研究所


ENGINEERS誌1999年4月号

「21世紀の製品安全とPLPを考える」シリーズ

使いやすい製品と企業の製品安全活動


 本シリーズのテーマとして過去5回にわたり、バリアフリー、顧客満足度、取扱説明書について述べてきた。これらテーマで扱った“使いやすい製品”の必要性については企業でも理解が進んできたようであるが、なぜか製品化されないことが多い。しかしこの現実は、企業が“つかいにくい”製品を市場に提供するリスクを評価した結果ではなく、単に使いやすさを考えつかなかった、というのが本音のようである。これでは潜在的なPLリスクを内在したままの製品を提供していることでもあり、そこには企業における製品安全(PS)マネジメントシステムの不備が見えてくる。

 企業におけるPSとは製品ハードやソフトの安全技術の確立を目指し、同時に全社的なPSシステムを構築するものである。しかしPSシステムのエレメントである組織、ルール、文書、記録などの整備、そしてマネジメントには力を入れるが、それらを機能させる“人”の資質を生かしてないように感じる。このことは、製品の安全性評価(PSレビュー)を行っていながら、顧客の誤使用(危険の誘因)を軽減する“使いやすさ”の評価が十分でないことを表している。これはPSマネジメントがPSの質を評価・検証するシステムとなっていないことでもある。企業内の一担当者が考える企業の社会的責任やモラル、顧客概念などに企業体質が加わり、使いやすさと安全性のレベルが決定されてしまう。各企業の設計・開発担当者に「開発製品が顧客の要求品質を満たすことの妥当性をどのように検証したか」の質問を与え、顧客が要求する内容の回答が得られるかを検証すべきである。

 次に環境問題に対する企業の取り組みであるが、製品のライフサイクルで環境負荷を評価するものの、一般消費者製品などの廃棄率や現在の稼働率の把握を行っている企業はどのくらいあるのだろうか。これは製品がその寿命前の短期間しか使用されなかった場合、その製品が社会(あるいは環境)にとって何を提供できたかを分析・評価するための重要な要素でもあり、環境負荷の値を正確に知るには不可欠だと思われる。社会の有用性に対し「売れれば社会が求めている」と考える企業論理は、すでに一般的ではなくなってきており、スーパーなど購入商品に不具合が無くても返品に応じるサービスを始めたところもある。新品でも返品できるのであれば、中古品ではさらに必要なサービス、ということで最近一部の中古車販売業者においては納車後一定期間内であれば、「気が変わった」などの理由でも交換または返金に応じるサービスを始めた。これらの動きは通信販売などで行っている、「クーリングオフ制度」とは根本的に違っている。顧客が商品を実際に確かめその価値を認めて購入したものであっても、商品の特性や品質の期待値と実際の使用感のギャップは案外大きいものである。顧客から見ると不本意な商品購入であるが、それを「顧客の責任」とするのか、それとも「顧客の商品理解も企業の責任」とするかは、社会に提供する製品への責任でもあり意見の分かれるところである。前者は製品を使用してけがをしても「それは使い方が悪かった」とする責任回避の論理、後者は「誤解を招く説明や製品表示による顧客の誤使用は、企業の責任」とする考えにつながる。企業による品質ISOや環境ISOの取得が一般化している現在、ISOの趣旨からいっても顧客が評価した製品の質は最大限尊重されるべきである。そのためには顧客の製品評価情報を収集し企業と顧客の共通評価基準が必要であり、取引先としての顧客だけではなく、消費者による監査も受け入れる企業でなければならない。

 さて顧客や社会が求めている製品と企業の思考ギャップについて、いくつか例を上げてみたい。何の違和感もなく見ていた一昔前のテレビの野球中継では、アナログ撮影された文字を画面に合成して投球カウント表示をしていた。ところがデジタル画像処理の技術が放送局に入り、その導入当初の野球中継ではギザギザの文字表示が多かったことを覚えている方もいるであろう。これは画面表示の質としては欠陥にも値するものであったが、最新の技術を使うことの技術力の誇示(実際には局内の錯覚であったと思うのだが…)が視聴者に不快さを押しつけていたのである。これは最近のCGによる3D画像のCMでも非常に質の悪いものがあることを考えると、企業の考えることは今でも変わらないようである。代替技術はあるのに顧客を無視した経費節約型CMは、スポンサー企業よりも時代の最先端を気取る広告代理店など制作側の問題が多く、彼らには客観的評価を必要とする品質ISOの取得が望まれる。

 次に誰でも感じていることだと思うが、自動販売機のコイン用スロットの使いにくさについて考えてみたい。慣れてしまえばコインを数枚親指と中指で挟み、人差し指を上から添える形でコインを1枚1枚スライドさせてスロットに入れることもできるが、さすがに高齢者で行う人は見たことがない。しかしたまに遭遇する横型のスロットではうまく入れられずに、財布や手の平から1枚1枚コインを入れることを強要される。コインをまとめて投入できるよう一部の自動販売機では改良が進んでいるとも聞いているが、店の人に現金を渡すような感じではないようである。コンビニなど深夜営業の店も多くなった今、自動販売機があることの利便性だけでなく、自動販売機の使いやすさを競うよう企業の努力を促したい。ところで鉄道会社の券売機の場合は少々事情が異なっている。心理的に人を待たせていることへの些細な罪悪感があるためか、できるだけ早くコインを入れたいと感じるものだが、今だに使いやすい券売機にはお目にかかっていない。鉄道会社がどの程度この不自由さを認識しているのか不明であるが、同じ並ぶのであれば券売機ではなく窓口で切符を購入できるよう、高齢者用の「シルバー窓口」を望む人も多いと思われる。

 とかく製品やシステムの作り手は自社の経済性を重視するあまり、顧客の求めるものを意識的または無意識に排除することがある。しかし一度作られた製品やシステムの変更は容易ではない。顧客のための既存製品・システムの見直しがやりにくい企業体質では、基本品質である顧客の安全性確保のためのPSマネジメントシステムが機能してないと考えるが、どうであろうか。

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