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ENGINEERS誌1998年4月号
「21世紀の製品安全とPLPを考える」シリーズ
“わかりやすい”から“使いやすい”取扱説明書へ(1)
過去2回のこのシリーズでは「製品安全とバリアフリー」および「製品安全と顧客満足度」といったテーマを考えてきたが、今回からは製品ハードを製品安全でとらえると同様、取扱説明書について考えることにする。
PL法成立前後にちょっとしたブームとなった取扱説明書であるが、とりあえずのPL対策の対象でしかなかったようである。PL法施行前にはデメリット表示は極力排除し、それがユーザーの混乱を防ぐ方法であると公言していた企業であるが、180度方向転換をして注意書きを促す表記を始めたことを見ると、元々ユーザーのためのポリシーなどなかったのかもしれない。「誰のための注意書きなのか」といった議論よりも、「やらなければならないことは何だ」とせっぱ詰まった状況の下、「注意書きは無いよりあった方がいい」、「リスクが分からないものはとにかく注意書きを載せておく」といったレベルでしか対応できなかったようである。以前からユーザーに分かりづらい取扱説明書という指摘は多かったが、それに加えて注意表記の著しい増加が、ユーザーのためかどうかといった反省の声も聞かれないまま定着しようとしている。
もともと取扱説明書は量産される製品と共に出荷されるため、設計部門が製品の改良に専念するときと同じタイミングで取扱説明書制作のピークも迎える。このため取扱説明書では間違った内容がない、ということが精いっぱいの対処で、ユーザーのためのわかりやすい内容まで手が回らないのが実際である。これは今までと同じ人員、同じ納期、同じコストで作る取扱説明書制作の構造的な要因が見直されないかぎり改善されないであろう。
さて一部での指摘があるものの、なぜか改善されない絵表示の問題であるが、標識枠“”だけのものが氾濫し、何をいっているのか文字を読まないことにはわからないものが多い。またそのシンボル表記の箇所が多いため、アイキャッチとしての注目度も低下し、しかも悪いことには注意を促がす言葉がユーザーにとっては当たり前のことが多すぎる。このようなケースでは、シンボルの記載箇所を飛ばして読むという行動に出るユーザーが増えるのも自然のことであろう。本来、好奇心または偶然に起こす誤った操作で製品が壊れてしまうものは、一般消費者向け製品としては完成度の低い製品である。それは製品上で対策をとるべきで、取扱説明書での注意書きに頼るのはユーザーに負担を強いるものである。したがって取扱説明書の注意書きを必要以上に増やし、ユーザーに注意義務を科すことを強要するような企業の対応は、ユーザー不在として見られるべきであろう。取扱説明書を読んで製品の操作を学習することはできるだけ避けるのが望ましいが、一部のコンピューター関連製品に至っては記載されている文言の特殊性から、取扱説明書そのものの学習が強要される。取扱説明書の目的は製品の使い方を覚えてもらうことで、注意書きを読んでもらうことではなく、ましてや取扱説明書を理解するために学習することでもない。
次にユーザーが製品を取り扱うときのガイドについて考えてみる。製品上のガイドでは、つまみの形状・機能表示や色・配置、ディスプレイ表示、画面や音声によるオンラインヘルプなどその要素は多岐にわたっている。取り扱い説明は本来製品自体になければならないが、付属の取扱説明書で補足の説明が必要になることが多い。このとき、製品上あるいは内蔵された機能や情報と取扱説明書は同じ製品情報(P.I=プロダクト・インフォメーション)であり、これら2つの製品情報間で問題が生じる場合が多い。
これは製品のハード・ソフト設計を設計部門が担当し、取扱説明書は設計部門以外のマニュアル作成部門が担当したり、外部の制作会社に依頼することにより生じる製品情報収集力の差で生じるものである。また、製品ハードのディスプレイ情報の設計に文章表現のプロが関与しないこともあり、直感的に分からない表記が多く、取扱説明書本文の文章イメージとは異質なものになる。
さて、取扱説明書の使われ方を考えてみると、(1)製品を見る・さわる (2)分からないことは取扱説明書を見る----> (3)製品を操作する、というのがトラブルのないときの流れであろう。ところが (3)の“製品を操作する”場面で、製品の反応が取扱説明書の記載事項と異なるところから混乱が始まるのである。この場合、取扱説明書を (2)のように“見る”のではなく、細かく“読む”という行動をせざるをえないのである。問題はこの細かく読むことにより、取扱説明書記載事項の矛盾が明らかになることが多く、不明な(気にかけなかった)用語や、図と本文との矛盾、参照ページの情報が求めるものでない、といったことから問題解決のために取扱説明書が何を言いたいのかを探る学習?が始まるのである。
ここで製品でも取扱説明書であっても、その使いやすさを考える上での共通な5つの因子(操作性、文脈性、融通性、環境調和、安定性)について紹介しておく。
“操作性”とは操作の空間構成と手順であり、取扱説明書においてはページ構成・レイアウトにあたり、どこに何が書いてあるのかわかりやすいかどうかのことである。“文脈性”とは対応操作のわかりやすさで、次に何をするのか、どこへ進むのかが分かりやすく表現されているか、といったことである。“融通性”は状況変化時の扱いよさで、取扱説明書での基本操作が別冊のシートなっていて手元に置けるものや、オンラインマニュアルでの支援などがこれにあたる。“環境調和”は、ユーザーの環境に自然に調和しているかどうかで、ユーザーレベルに応じた親しみやすいデザインの取扱説明書かどうかである。“安定性”は性能が持続できることであり、取扱説明書においてはユーザーの知りたいときに常に手元にあるかどうかのことである。ソフトウェアにおける将来のバージョンアップもこれにあたるであろう。
このような因子を考えていくと、当然のことながら取扱説明書にも製品ハードと同様な設計・製造手法が求められてくるのである。
次回以降、従来から目指してきた“わかりやすい取扱説明書”から、製品安全の視点による“使いやすい取扱説明書”への取り組みについて考えていきたい。
[ ASP ニュース'99 ]
中澤 滋 ASP研究所代表
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