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ENGINEERS誌2001年8月号
「21世紀の製品安全とPLPを考える」シリーズ
製品安全で生かす顧客の満足
このシリーズで筆者は製品安全に関るテーマを消費者・ユーザーの視点を交えて取り上げてきた。しかし最近では企業活動として製品やサービスを提供する際、“誰のために行うのか”という目的が、いつの間にか忘れられてしまったようである。利益追求型の企業であっても「ただ商品を売ればいい」という時代でないのは承知のはずで、「顧客満足」を掲げたポリシーを打ち出している企業も多い。しかし次から次へと企業や役人などの不祥事が表に出てくると、顧客の満足など本当に考えているのかと疑いたくなる。多くの不祥事の背景や直接原因に、企業では経済最優先や責任回避の体質、あるいは個人的な利益追求(金銭からノルマ達成による業務成績の向上…)などがあるが、これらの問題解決策として顧客満足(CS)に注目してみたい。
最近の企業では酒気帯び運転でつかまった場合、懲戒免職等の厳しい罰則を科すことがある。これは企業内で起きた事件ではないものの、社会における善良なる市民たることを求めている、というごく当たり前のことである。それに対し役人の場合には訓戒等の処分で済むことが多く、自分・身内に甘い、という体質が批判されている。しかし企業内でも役人と同じような不祥事の根っ子がありはしないか。会社の物品や経費の個人的流用などは結構あるように聞くし、それも一般職よりも管理職に多いのはその職権上利益を享受しやすいということであろう。しかし役員クラスの人間が特定部署の管理職に便宜の強要を申し出る、といったことには問題を感じる。一般には彼らが金銭的に困っているはずがないが、「ただで調達できる自分の権力を行使したい」、というものかも知れない。彼らは自分の懐を傷めない方法を熟知し、その立場にいる自分が周りの人の羨望を集めている、と優越感を感じているのではないか。権力者の陥りやすい心理であるが、いずれにしても偉くなるにつれ「不正がやり易くなる」、ということは確かであろう。したがって役員はじめ管理職以上の人間は、今の時代に求められている規律・モラルには必要以上に敏感になるべきである。外務省全体の金銭に対する貪欲なまでの執着、そして手段を選ばない行動形態が身近にあるようでは困る。
さて、自らの利益追求に奔走するあまり顧客や社会を無視する保身行動に走る、というのは顧客や社会に「本当によい製品を提供する」という思いがない、と考えるべきであろう。これは最近のニュースに登場する「品質の劣る製品を市場に出荷しない」「自社による安全品質の検証徹底」ということができない企業の回収騒ぎからも見えてくる。また個人の利益しか眼中にない一部の役人は、全納税者が顧客であるという視点が欠落しているのだろう。
さて精神論で「顧客最優先」と唱えても、各業務で具体的に何を行うかの“つながり”が見えなければ無意味である。例えば製造ラインで作業する一人一人が自身の作業品質を常に確認し、「後工程へ不良品を出さない」ということと、顧客の満足がどこで繋がっているのか、という教育が足りないことにもその原因があると思われる。これは製造現場に限らず、企画・設計部門から品質保証部門、物流や営業部門まで全ての業務において「自分の仕事がどのように顧客の満足に繋がっているのか」という意識付けがあるかどうか、のことである。
たとえば不良率を低減することは、「将来にわたり効率的に製造コストを下げ競争力を増すことで、低価格で高品質な製品を社会に提供する」という顧客満足に直結する。その結果製品が売れ、昇給・昇格などで自身の待遇改善が図れる、という論理である。一個人の作業や判断が直接、あるいは間接的に利益として戻ってくる。これを企業に就職した人間に必要な契約概念として教えこむ必要があろう。現在のモラル無き不祥事の続く社会での有効策として、役人・企業人に今一度「顧客満足」ということを真剣に考えてもらいたい。そして「顧客のために」という目的を絶対的なリファレンスとして、全ての評価基準に取り入れるべきである。
さて企業が提供している製品やサービスに顧客が満足しているか、という顧客満足度評価では「お客様カード」や個別のアンケート・調査票や対面聞き取り調査などが行われる。しかし顧客が何を望んでいるか、ということは把握しづらく「現状の不具合点を指摘してもらうだけ」のことも多い。最近のことであるが、ある総合病院の患者満足度調査報告書を見る機会があり、少し気になる点があったので紹介する。
報告書は「概要」、「まとめ」、「患者からのコメント」から成っているが、まとめは8項目、4ページ半にわたるものであった。そこでは病院の実態を映し出した内容とコメントが報告され、同院のイメージを把握するには分かりやすいものであった。その中の「総合的評価について」では、満足度、再院の意志の多さなどから全体で高い評価を受けている、と結論付けていた。しかし19ページにもわたる「患者さんからのコメント」では、多くの改善点・苦情が載せられていたのが気になった。これらは1,600人に渡した調査表を後日回収、844件(52.8%)を回収したものだが、「医師について」では39件(4.6%)の苦情と5件(12.8%)の満足評価、「看護婦」では49件(5.8%)の苦情と6件(12.2%)の満足評価、となっていた。高い総合評価が出ていたことからコメントの件数は多くないが、同病院ではこれらコメントへの対処を最優先の課題として取り組み、それらの対策をもって顧客満足度向上が図られる、と考えているようだ。
このように苦情処理で顧客満足を高めたい、とするのはよくあるケースだが、苦情対策とは不具合箇所が“普通”というゼロレベルになるだけであり、顧客が満足に転じる、というものではない。これらは「顧客不満足度」の改善にはなるが、顧客が現在の何にどの程度満足しているのか、その理由は何なのか、というデータが無いことには、今の顧客満足度を今後とも維持できる保証はない。
顧客満足度を把握することは、製造業の「不良品をなくす」という最低レベルをクリアすることと良く似ている。また顧客満足度評価は、顧客訴求力を増すための競争力ある製品開発時の性能・品質レベル評価と酷似している。これは“顧客の真の求めるもの”を得るには、リスクやハザード要素を抽出する“製品安全の目”という視点が欠かせない、ということでもある。「顧客が満足するには」、「顧客の持つ企業イメージ向上のためには」などの要素抽出でも、顧客の置かれている立場・環境などの詳細な条件を設定するリスクアナリシス手法が有効であろう。
[ ASP ニュース2000]
中澤 滋 ASP研究所代表
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