研究所 |
ENGINEERS誌2000年8月号
「21世紀の製品安全とPLPを考える」シリーズ
雪印食中毒問題から何を見るか
雪印乳業による集団食中毒事件のニュースが大きく取り上げられているが、このところ企業・組織の病ともいうべき事件が多くなっている。昨年、JR西日本の山陽新幹線で相次いだコンクリート塊落下事故では、同社の利益優先体質による乗客への安全無視の実体が明らかになった。また東海村JCOで起きた臨界事故では、原子力を扱う同社と科技庁の安全配慮が欠け国民に大きな不安を与えた。
少し前であるが97年の富士重工の欠陥車隠しでは、その悪意性からリコール制度上初の罰金措置が科せられ、99年のダイハツ工業が一部車種に火災の可能性がありながらリコールを怠った事件では、これも初めてのリコール勧告を受けている。つい先日のことであるが、三菱自動車工業内でクレーム報告書が隠されていることが発覚し問題になるなど、顧客本位であるべき企業の体質について疑念を抱かざるを得なくなっている。
さて雪印問題であるが、黄色ブドウ球菌の汚染元と見られているバルブの洗浄義務を長年にわたり怠っていた事実があり、工場幹部は「このバルブはあまり汚れない部分と認識しており、後に殺菌機を通るので大丈夫という意識があった」と述べ、プロでありながら黄色ブドウ球菌の死滅後にも残る毒素についての知識が全くないことを示した。酪農業者で構成する全国酪農協会では「牛乳はタンパク質が固まって汚れになるので、農家レベルでも使用後の洗浄は当たり前。HACCP(ハサップ)という高度な話以前の基本的な管理」と話していることからも、雪印の衛生管理意識は異常に低いことが分かる。
大阪工場の「品質は私達の良心です」と掲げられた看板をテレビ画面で見たが、安全上必要な心構えなど日常的に教育・啓発活動など行われていなかったのだろうか。“言うこと”と“やること”が違う同工場では、この標語に代表されるポリシーやルールが形骸化してしまったのであろう。よく言われる「箱ものを作って終わり」という行政と同じように、「組織やルールの枠組みを作って終わり」という、中身の質、目的の達成度、維持されているかなどの検証を怠たっていたとしか思えない。食中毒などの被害報告が現場に届いていない場合、「このくらいならまだ大丈夫」とのいいかげんな判断で、労力を減らす努力?が続けられてきたと思われる。
忙しいときに身につける“省きのノウハウ”が往々にして“できる人”としての評価を得るが、人の身体に入る食品を製造している企業では厳格な衛生管理意識が必須で常識でもある。同社の場合「品質のためには絶対に譲れない」という一線(定められたルール)が、「なぜそのようなルールを定めたか」という、目的が無視されてしまっている。形あるものには何らかの理由・目的があり存在しているが、企業内ルールも全く同様である。
ISO9000シリーズ規格などの品質マネージメントシステムでは、経営者の責任が重要な位置を占めているが、厚生省による書類審査重視のHACCP認定審査では品質上重要な工程の枠組みを評価するだけで、工程や人を管理するマネージメントシステムを評価するものではない。HACCP認定工場というと、いかにもクリーンなイメージがあるが、認定工場であっても品質マネージメントシステムを導入していない企業が行う品質評価は、信頼性が著しく低いものである。ましてや「顧客のための品質」という標語を掲げただけの、実践を伴わない企業ではいわずもがなである。
食品など直接身体に入る商品は大量生産で広範囲に出回ることから、食中毒の恐れに対しその回収行動は被害拡大を抑える重要な要素であり、家電・自動車業界のそれとは大きく異なるものである。雪印は、6月27日の最初の被害連絡から2日近く経った29日朝にようやく回収を決めたが、前日に大阪市から回収を指示されていたのにこの対応の遅れはどういうことであろう。「できれば回収は避けたい」という回収コストと雪印のイメージダウンを恐れたのであろう。それは29日、大阪市が記者会見で食中毒事件を公表、同社はそれより5時間以上遅れてようやく記者会見したという、先送りの事実からも分かる。今回の事件のように、「一刻を争う事態」というのにこの対応の鈍さは、単に危機意識の欠落だけでは済まされず今後の刑事責任追及の動きにも注目したい。同社の対応のまずさから被害にあった人は、29日には200人、30日には3,789人、7月1日には6,083人と増え、数日のうちには1万人を越えてしまったからである。さて同社の悪意ともとれる事実は、重要工程の一つであるバルブの所在がHACCP上申請されていなかった問題、返品および製造後出荷されずに残った製品の再利用問題、食品を衛生管理できない屋外で作業、と次々に判明。6月に70万個のバターを回収しながら公表しなかったことも発覚するなど、長年の社会的信用は完全に崩れてしまった。
また雪印事件後、食品メーカーの回収が相次いでいるのも興味深い。森永乳業の牛乳、キリンビバレッジのスポーツ飲料、山崎製パンのカビ、敷島製パンのカビ、山崎製パンのカップ入りデザートなどと続いている。キリンビバレッジのケースでは製造時の検査で若干の異臭が関知されていたものの「ぶれの範囲内」として出荷した、いいかげんな品質基準も明らかになっている。
組織内のミスが会社全体に関わる場合、隠ぺいしようとするのは最近の警察不祥事や医療機関の医療過誤の対応を見ても明らかである。これは組織の抱える共通化した問題であるが、このリスクには経営トップの顧客・品質重視の強力なリーダーシップが不可欠であろう。少し前の参天製薬が取った行動が評価されているが、目薬への異物混入を示す脅迫状を受け取った事実をすぐに公表し、店頭から商品の回収を急いだときには同業者から「過剰反応」との声も聞かれた。しかし参天製薬が事実を直ちに公表し、製品を回収、被害を未然に防いだことは紛れもない事実であり、雪印事件を機に今後の企業の危機管理のお手本となるであろう。
今回の事件では、安全ポリシー、マネージメントの質、事故発生の初動体制、情報公開と社会的責任、隠ぺい体質からの脱却、本当の顧客志向など、多くの問題について考えさせられたが、各企業・株主も経営トップの質を検証するときかもしれない。
[ ASP ニュース2000]
中澤 滋 ASP研究所代表
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